主夫の日々

まだまだ少ない主夫の立場から主に家事育児について発信しています。

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帰省したくないならしなくて良い!帰省するかしないか、誰と会うかは全て自分で決めるべき。

今年の年始に実家への帰省をやめた河内です。

そのため今年は春休み・GW共に帰省しませんでした。

勿論盆も実家には帰省しません。

子供達が会いたがっている従姉妹と親切にしてくれる義両親に会うために奥さん側の実家には行きますが、自分の地元に帰ることは当分ありませんね…

 

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※LINEスタンプ「専業主夫の日々」…の選考漏れしたイラスト

 

今回は改めて感じた「帰省というもの」について書きたいと思います。

 

わざわざ帰る意味はどこにもない

帰省とは故郷に帰り、親に自分や孫の顔を見せるイベントだ。

しかし通信手段が電話くらいしかなかった昔と違い、今はLINEがあったり顔を見ながら無料で通話ができるので帰らなくてもいくらでも孫の顔を見せることが出来る。つまりわざわざラッシュの時期に合わせて疲れて帰省する意味がない。

特に自分と価値観が違う人と長期間一緒に過ごすのはストレスでしかない。

だから俺は無意味な帰省をやめたのだ。

 

我慢なんて意味は無い

日本人は我慢を美徳と考えがちだが、はっきり言って我慢なんて何の役にも立たない。自分を苦しめるだけだし、嫌なものは嫌と言っていい。

 

 

 

 

 

自分が嫌な人に我慢して会い続けると相手は悪いと気付かないから直そうとしない。パワハラを耐えようが改善されることのない、むしろ悪化していくブラック企業のようだ。

相手を変えることはできないので全力で離れるのが一番良いだろうし、こちらが行動することで相手が気付き反省することもある。(俺の両親がそうだった)

それに言うくらいで直るならもう直っている。

何故か帰省しないと言うと「我慢が足りない」と言われるが、そもそも人が何か行動する時なんてそれまで我慢してきた物が溜まりに溜まっている場合がほとんどだ。

 

会いたい人にだけ会うべき

帰省とは我慢を強いるものであってはいけない。

故郷に帰るというのは本来懐かしく、そして楽しいものであるはず。

会いたい人にだけ会い、会いたくない人とは全力で距離を置くべきだ。

会いたくない人が「両親」なら、それはもう会う必要がないだろう。

 

我慢して会い続けて故郷が嫌いになってしまっては本末転倒だ。

またパートナーの地元の場合、パートナーの生まれ育った場所が嫌いになるということになりかねない。

意味がないだろう。日本人は我慢し過ぎだ。我慢しなくて良いよ。

我慢をやめる前は不安もあると思うが、意外とやめても特に変化はない。

俺のケースだが、春休み・GWと帰省しなかったら両親の方から東京まで会いに来た。そしてこちらのテリトリーなため、相手が威張ることもなく、数年ぶりに穏やかに会話して楽しい時を過ごすことが出来た。

帰省という形にこだわらなくても会い方は色々ある。

 

帰省は強要されるものじゃない

帰省とは生まれ育った故郷に帰ることであり、そこに我慢があって良いはずがありません。

故郷とはどこか落ち着く場所であり、普段の忙しさから解放されるもの。これはパートナーの故郷であっても同じことのはずです。

それが強要されると途端に楽しくも落ち着くこともなく、ただただつまらない我慢イベントに成り下がってしまいます。

もう少し我慢していたら、俺は故郷を完全に嫌いになっていたと思います。

そうなる前に我慢をやめて本当に良かった。故郷を嫌いにならずに済んで良かったと思っています。

もう少しで盆、帰省シーズンです。ですが、イヤだと思っているのであれば相手のためにも、そして何より自分のために帰省しないことです。

強要された帰省ほど、つまらなく、自分の人生の時間を無駄にするものはないのだから。

 

 

 

 

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