主夫の日々

まだまだ少ない主夫の立場から主に家事育児について発信しています。

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料理は食べるが美味しいは恥ずかしくて言えない?恥ずかしいは自分、感謝は相手。どちらを優先すべきか

 

久々に下記記事がTwitterでシェアされた。

そして一緒に何を呟いているかと思ったら、「美味しいとは思うけど、恥ずかしくて言えないんだよな…」とあった。そういえばこの記事を投稿した時もこういった反応はたくさん来ていたな…

だけど毎日料理を作っている側から言えることはただ一つ。食べたら感謝を込めて「美味しい」と言って欲しい。催促してから言われても意味はない。これは料理を作る側は大なり小なり必ず思っていることである

 

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※LINEスタンプ「専業主夫の日々」…の選考漏れイラストより

 

美味しいが恥ずかしくて言えないって何?

恥ずかしいって何?

誰も声高々に近所に響き渡るほどの大音量で美味しいと叫べと言っているわけではない。衆人観衆の中で美味しいと言えと言っているわけでもない。

ただ作ってくれた人に感謝を込めて「美味しい」と言ってくれと言っているだけだ。俺は夫婦・家族の話をしているから、この場合伝える相手はただ一人、シュフだ。

何故恥ずかしいのか。それは普段から夫婦・家族で会話していないからだろう。普段から会話していたら「美味しい」なんて普通に息をするように出て来るはずだ。恥ずかしいとか思う余地はないよ。普段話さないから恥ずかしいだけ。これ多分真理

 

 

美味しいは家庭内通貨だから!

家庭料理だから味がイマイチな時ももちろんあるだろう。毎日作れば夕食だけでも1年で365回も作るのだから。そりゃあたまにシュフ自身も「やっちまった」という出来の時もある。

でもそれを差し引いても料理を作ってもらうというのは大変ありがたいことだ。だから感謝を込めて美味しいと言うのはやはり当たり前ではないだろうか。何故なら毎日料理を作るというのは本当に面倒だからだ。

それに美味しいという言葉は「感謝の言葉」でもある。美味しいをただの感想だと思っているのなら、一ヶ月の間毎日「誰かのために(自分のためではダメだ)」料理を作ってみると良い。同じことは絶対に言えなくなるから。

そして感謝の言葉は家庭内では「通貨」でもある。この通貨をいかに家庭内で円滑に回すかで、その家庭の雰囲気は変わってくる。夫婦で親子で感謝を言い合う家庭は絶対に雰囲気は明るいだろう。

ちなみに我が家はみんな言うから明るいが、我が家が特別なのではない。感謝を言い合えばどこの家庭でも明るい雰囲気になるはずだ。

 

夫婦は夫婦だからこそ言葉にして伝えなければならない

夫婦というと何か特別な感じがするが、元々は他人同士だ。そして結婚後何十年も一緒にいることになる。意識してでも感謝を伝え合わないと関係維持なんて無理だろう。最初は無理して言い合えば良い、そのうち自然と伝えられるようになるから。

だから美味しいが恥ずかしくて言えない状況というのは、放っておくといずれ自分の首を絞めることになる。夫婦関係が冷めてしまうからだ。

仮に恥ずかしいと感じるにしても、恥ずかしいと感謝を天秤にかけている時点でダメだと思う。恥ずかしいという気持ちは数回言えば慣れて感じなくなるが、「言われなかった」という事実や気持ちはなくなることはないからだ。そして何回も続けばそれはしこりになっていく。最終的に何かの拍子に爆発してからでは遅いのだ。

 

そして恥ずかしいは自分だけの問題だが、感謝は相手に対するものだからこの二つは決して両立しない。つまり恥ずかしいと思って言わないということは、自分本位の態度なのだ。それを是非理解して欲しい

 

 

 

 

 

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