主夫の日々

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誰かが傷つく笑いは時代遅れ

こんなことを言ったらきっと真面目すぎるとか、固いとか思われるかもしれないけど、今感じたことをまとめてみたいと思う。

自分で自分を茶化すことが結構あるし、好きなんだけれど、人を茶化したり失礼なことを言って笑いをとろうとする人は好きではない。自分で自分を茶化す笑いはさじ加減が分かるけど、誰かを茶化す人はさじ加減を知らない場合がほとんどである。

そして俺の到達した答えがある。

自分を低くして、相手との壁を無くしコミュニケートするための手段が本来の笑いなのだと思う。

おどけてみせたり、くだらないことを言ったり、自分は色々な話で笑うよ、こんな冗談も好きだし言っても大丈夫だよと まだ自分がどのような人間か知らない相手を安心させるためのものが笑いなのだ。その「大丈夫だよ」のサインを感じ取って相手は安心するし、もっと色々な会話がしたくなるのだろうと思う。笑いの根本には相手とコミュニケーションをとりたいと言う想いがあるし(というかあるべきだし)、より多くの人を笑わせたいという純粋な欲求があるのかもしれない。

だからわざわざ相手との壁を作ったり、自分を強く見せるための笑いはいらないと思う。人を茶化す笑いの根本にあるのは相手とコミュニケーションしたいという想いではなく、相手より優位に立ちたいという願望だろう。

自分を茶化して低く見せるのではなく、相手を茶化して自分が優位に立つのだ。

こういうマウンティングが形を変えた笑いを取る人が結構いる。笑いを、相手を傷つけるための手段に使う人間だ。小学校低学年の笑いを成人になっても続けている。笑ってるのは自分だけ、面白くもなんともないし、そういう人に周りは違和感を覚えて静かに去っていくだろう。

コミュニケーションするために必要なのは強靭な盾や鋭い剣ではなくて、ただ恐れずに本音を話すこと、その本音を相手の気持ちを考えながら言葉を選んで伝えること。この二つだけだ。

悪意の多い世の中でも自分を優位に見せようとしない人が好きだし、思いやりを忘れない人が好きだし、例えネットの短文でも相手の気持ちを考えて言葉を発する人が好きだ。

 

誰かが傷つく笑いなんて取らなくていい。

 

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