専業主夫の日々

サラリーマンから専業主夫になった男の日常

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絶対に間違っている。手間暇かけて作った料理・お弁当でなくとも愛情は伝わります

 

世間の皆は固定観念に囚われています

「固定観念」

このブログで散々書いていることですが、今回も書こうと思います。

今回取り上げる「固定観念」は「料理にかけた時間=愛情」について。

 

料理を食べた人は料理の何をもって「愛情」を感じるのか

「手作りかどうか」

「どれだけ美味しいか」

「どれだけ時間をかけたか」

「食べた時に作った人の顔が浮かぶか」

でしょうか?違うでしょう。そうではありません。

「愛情」ってのは料理に乗せるものです。「相手を思う気持ち」です。感じるものであって目に見えるものではありません。

極論を言えば惣菜だって「子供が好きなものだから」と思って買えば愛情ある料理です。例え自分が作ったものでなくてもです。

また食べる方が満足するなら手抜きをしても問題無いと思います。手を抜いても食べた人が美味しいと思えるなら立派な愛情のこもった料理です。

大事なのは相手のことを考えることだと俺は思います。手を抜いても惣菜で済ませても相手がこれなら喜ぶかな?と考えたならば問題ないのです

 

 

「手作り≠愛情」

「料理は手作りに限る」そう言う人がいます。「惣菜を夕食に出すなどもっての外」と

そう言う人もいます。

そういうことを言う人に逆に聞いてみたいのですが、仕事(または家事や育児)で疲れてる人に手間暇かけて料理を作らせて、作った人がげっそりしてる横で、料理を食べたところで「美味しい」と本当に感じますか?

相手に「愛情」を求めておいて自分はどうなのですか?

愛情が一方通行になってはいませんか?

 

「惣菜」だって良いではないですか!「冷凍もの」だって良いではないですか!!そう毎回「手作り」というわけにはいかないよ。それに惣菜も冷凍食品も美味しいですよ?中には自分が作るより美味しいものもあったり…笑

買った「惣菜」でも買う時に食べる人が喜びそうな物を選べば、それはもう立派な「愛情」なんです。

そもそも、何もしなくても「料理」が出てくるのだから本来ならそれだけで十分なんですよ

 

それに育児しながらの料理って本当に大変なんですよ

育児中の料理がいかに大変かを書いた記事

www.kawauchisyun.com

これを読んでもまだ「料理は手作り」とか言うならいつか相手に愛想を尽かされますよ

 

 

「美味しい≠愛情」

「美味しい=愛情」とするならばどんなに「愛情」があっても美味しくなかったら「愛情」が無いということになりますが本当にそうでしょうか。本気で言ってるのでしょうか。本気なら瘴気を疑います笑

美味しくなければ「愛情」は感じない。美味しくなかったら「愛情」は無い。

では「料理が苦手」という人もいますが、そういう人は料理で「愛情」を感じさせることは出来ないということになりますね。大変ですね。問題ですね。

 

俺なら苦手でも「頑張ってる姿」にこそ「愛情」を感じるのですが、そういう人達はどこを見ているのでしょうか。「頑張ってる姿」こそ見てあげないとでしょう。「美味しいかどうか」なんて二の次です。

 

 

「長時間調理≠愛情」

これが本日のメインです。

立証されてからもう大分経つようですが、「玉ねぎ」の炒める時間を例に挙げよう。

それまでは「弱火で30分以上かけて炒める」ことが一番おいしい調理法と言われてきました。

ところが、「強火で5~10分炒めても味はおろか栄養面でも違いは無い」ということが判明したそうです。

要するにこういうことですよね。「時間をかければかける程美味しいものが出来る」というのは幻想だったんです。短時間でも美味しく作ることは出来るし、長時間でも美味しくないものは美味しくない、ということです。

それでも「料理は時間をかけるもの」と言うのなら、それは食べる側の「エゴ」でしかありません。さっさと調理を済ませて違うことをした方が余程建設的です。電気代やガス代の節約にもなります。

 

「時間をかければかける程美味しくなる」なんてのはナンセンスということです。「そう思い込んでる」だけなのです。悪しき習慣です。「昔からそう言われてるから」とそれを変えようとしないからこういう事態になるんですよ。食べる側も作る側もです。

 

「固定観念」恐るべし!

そろそろここらでこのくだらない「固定観念」を払拭するべきでしょう。自分の子供が旦那さんにこういうことを言われたら…と考えると何が何でもこの固定観念払拭しなければならないと思いませんか!?

 

 

「相手の顔が浮かぶ≠愛情」

「食べた時に作った人の顔が浮かぶ料理」そんな料理を皆が作れたら苦労しませんよ笑

俺には無理ですね。そんなのは一部の料理の天才くらいじゃないですか?

むしろ、疲れてるのに作らせたら浮かんでくるのは「げっそりした顔」で逆に料理が不味くなりませんか?

それに、作ってくれた人の事を考えながら食べれば自ずと浮かんでくると思います。

「愛情が乗って無い」と言う前に「感謝」する方が先ですよ。

 

 

「料理とは。」 

料理とは「ただ食べられる」それだけで感謝するべきなんです。

感謝すべきは用意してくれたこと。手間を省いてでもちゃんと用意してくれたこと。

愛情を感じないならまず自分が変わらないとです。

愛情なんてものは相手の事を考えながら食べれば自ずと感じるはずです。

つまりそういうことです。皆「相手にばかり求め過ぎ」です

そこを先ず認識しましょう。「愛情」云々はそれからでも遅くはありませんよ?

 

 

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